企業価値を最大化するためのCRE戦略(企業不動産戦略)
国際財務報告基準(IFRS)について
企業の保有不動産の側面から解説
2015.11.12
国際財務報告基準(International Financial Reporting Standards、以下IFRS)とは、国際会計基準審議会(IASB)によって設定される会計基準である。IFRSは日本の会計基準と比して、より保守的に公正価値に配慮した会計基準になっている。
もくじ
- [1]IFRSとは
- [2]IFRSと日本基準 ~大きく異なる3つの基礎概念~
- (1)資産・負債アプローチ
- (2)細則主義と原則主義
- (3)取得原価主義と時価主義
- [3]IFRSで変わる注意すべき会計規則
- (1)投資不動産(賃貸等不動産)の時価開示
- (2)資産除去債務
- (3)新リース会計
- [4]企業経営を判断する指標(ROA,ROE)
- [5]IFRSとCRE戦略の必要性

[1] IFRSとは
IFRS(イファース)では資産ベースによる評価が軸になる事から、「どの資産をどのように使っているか」を説明する責任が強く求められている。不動産分野においては、今まで取得原価ベースで計上していた保有不動産を時価で示すことが要求される為、遊休不動産の価値向上、投資不動産の投資効率性などを再考する必要がある。それ以外にも不動産分野では資産除去債務の計上、リース資産のオンバランス化など、バランスシートに関連した会計規則の変更があり、企業価値を判断する基準もROA(総資本利益率)やROE(株主資本利益率)など、バランスシートを考慮した指標が重要視されてきている。資産管理の観点からも、その重要性は増すばかりである。
2009年6月に「我が国における国際会計基準の取扱いに関する意見書(中間報告)」が公表され、2010年3月期かIFRSに準拠して作成した連結財務諸表を金融商品取引法の規定による連結財務諸表として提出することが認められた。現状では強制適用ではなく、任意の適用ではあるが、2015年3月末時点で73社の上場企業がIFRSを適用している。2014年6月に閣議決定された「『日本再興戦略』改訂2014」の中で、IFRSの「適用企業の拡大促進」が明記され、今後さらに適用数が増えることが見込まれる。また、国際的な会計基準一元化の流れを鑑みれば、IFRSのアドプション(強制適用)は近い将来必ず起きることであり、それに備えIFRSに対しての見識を深めていく必要がある。ここからはIFRSと従来の日本基準の大きく異なる3つの基礎的な概念、その後にCRE戦略上重要になる会計規則の変更を説明する。
出典:金融庁(2015)IFRS適用レポート
出典:企業会計審議会(2009)我が国における国際会計基準の取扱いに関する意見書(中間報告)
出典:首相官邸(2014)「日本再興戦略」改訂
[2] IFRSと日本基準~大きく異なる3つの基礎概念~
(1)資産・負債アプローチ
IFRSではバランスシートを中心とした資産・負債アプローチを採用した財務諸表構成になっており、損益計算書を中心とした従来の日本基準とは大きく異なる。日本基準はアメリカのGAAP(Generally Accepted Accounting Principles )を基準に作成され、「いくら稼いだか」という軸のもとにその活動を内外に示してきた。戦後の日本経済のキーワードは「成長」であり、売上、利益の増大化こそが企業価値を見る大きな指標となっていた。そう言った意味では、アメリカの利益を重視する会計基準は戦後の日本では理にかなった基準であったといえる。しかしながら日本の会計はバブル崩壊、リーマンショックを経て成長ではなく「安定」に着眼点を起きつつある。日本では経済の成熟化、人口減による総需要の減少から、戦後経験した飛躍的な成長は見込めない。そうした環境下では、いつ何が起きても乗り越えられる体力、そして継続的な安定力こそに求められている事なのである。バランスシートは「何を、どのように使っているか」を説明し、企業にとって体力、安定力の証明になることから、その重要性は大きくなる一方なのである。そうした経緯を踏まえれば、資産・負債アプローチを採用するIFRSの導入は極めて妥当なものと言える。
(2)細則主義と原則主義
日本の会計基準が細かく規則化された細則主義である一方で、IFRSは基本的な考え方のみを規定した原則主義を採用している。細則主義では、取引の形態に応じて会計処理方法が規定されていることから、取引毎に規則を制定する必要性があることから煩雑になる傾向にある。また、新しい取引を処理する際に規定そのものが存在しないということが起こりうる。結果的にグレーゾーンでの会計処理が横行するという点が細則主義の大きなデメリットとして存在した。エンロン事件はその良い例で、エンロンはアメリカの会計基準に違反せずに、グレーゾーンで時価主義導入による評価益を算入していた事が問題であった。この事件以降に、Sarbanes-Oxley Act(ソックス法)が制定された事は、細則主義の網羅性の欠如の証明と言えよう。
IFRSにおける原則主義のメリットは詳細な規定がなく、高い自由度のもとで自己の判断で会計処理の方法を設定することが可能な点である。原則というフレームワークの中では会計処理を自由に行う事が出来るが、そのフレームワークから外れた会計処理を禁止しているのが原則主義である。つまり、過去に例がない取引をした場合は、その原則に則した処理方法であれば問題はなく、その都度新たに会計原則を設ける必要性が無い事から、会計原則の煩雑さやグレーソーンでの会計処理を防ぐことができる。その様なメリットがある一方で、企業は監査人、投資家や金融機関などの利害関係者に対して「なぜこのような会計処理を採用したのか」という判断の根拠を説明する責任を負うことになる。それにより、財務諸表の作り手、読み手、双方の情報、知識の非対称性を原因とする「解釈の差」を作らないためにも、明瞭な会計処理を行う必要がある。
(3)取得原価主義と時価主義
もうひとつ基礎的な概念上大きく異なる点は、日本の会計基準が取得原価主義であるのに対して、IFRSでは時価主義を幅広く導入している点である。「過去いくらで取得したか」ではなく、「現在いくらで売れるか」という会計期末時点の実勢に近い情報の開示がIFRSでは求められている。今まで取得原価主義が導入されていた理由は、時価主義では評価益という実際には発生していない益が分配可能益(株主配当に充てる利益)に含まれてしまうからである。結果的に、業容以上に利益を配当することにより、利益の蓄積を阻害してしまうのである。しかしながら、IFRSでは時価主義を採用しているものの、評価益を分配可能益に算入することができないというルールが存在することから、この問題は回避される。
企業は時価が示す投資不動産の投資効率性についての説明責任を持つ事になることから、遊休不動産、稼働率の低い不動産の見直しをする必要がある。この「見直し」がまさにCRE戦略の中心であり、その実行により、保有資産の時価改善、結果として企業価値の向上を図ることが可能である。また事業不動産に関しても、従来の再評価モデルによる減損会計に加えて、再評価モデルの導入により減損の戻し入れが可能になるなど、より時価を反映するものになっている。
[3]IFRSで変わる注意すべき会計規則
(1)投資不動産(賃貸等不動産)の時価開示
大きな会計規則の変更の一つに保有している不動産等の時価評価がある。不動産には大きく分けて2種類あり、不動産業者が保有する販売向けの棚卸資産(事業用不動産)、そして企業が本業とは別に保有する投資不動産である。IFRSにおいて投資不動産とは「キャピタル・ゲインあるいはインカム・ゲイン目的で保有する不動産」と定義さる。つまり、不動産会社が保有する賃貸向けの事業用資産についても、その収益がキャピタル・ゲインにあたることから時価評価が求められることになる。日本では従来から資産を「貸借」ではなく「保有」する事が好まれ、日本が保有する不動産の内36%を企業が保有していることから、バランスシートにおける不動産の時価開示が与える影響は企業というミクロなレベルに留まらず、経済そのもの影響する規模になる事が考えられる。実際に、2010年3月期に賃貸等不動産の開示を行った750社を集計したところ、503社で含み益がありその総額は10兆円を超えた。
時価評価については2つ方法があり、どちらかを選ぶ事ができる。1つ目は、決算期末における時価(公正価値)で不動産を評価し、評価損益を純損益に含める公正価値モデル。2つ目が、取得原価に基づき、減価償却などを控除した金額をバランスシートに計上し、公正価値の情報に関しては注記に記載する原価モデルである。公正価値は現在の活発な市場から算出される「市場価格」(マーケットアプローチ)が基本であり、活発な市場が存在しない場合には、立証可能な将来のキャッシュフローから公正価値を算出する(インカムアプローチ)か、解体処分を想定して(コストアプローチ)算出する。
不動産の価値が上がる場合には、その分時価、将来にわたるキャッシュフローの増加分が公正価値に反映される。その増加分が利益に含まれることからCRE戦略上は圧倒的に公正価値モデルが支持される。実際に、IFRSを導入している欧州では大半が公正価値モデルを選択している。IFRSが資産の変動を純損益に含める公正価値モデルを重要視していることを踏まえれば、今後一本化される可能性は十分ある。
出典:CRE研究会(2006)CREと企業経営
(2)資産除去債務
投資不動産の時価開示によりその収益性や相場変動についての説明責任を企業が負う。これと同時に日本で導入された会計処理が資産除去債務である。資産除去債務は不動産の環境リスク、除去リスクについて説明する今までには無い会計処理である。
従来の会計基準では資産除去費用に関しては発生する事は分かっていても、合理的に見積もりを出すことは難しい為、実際に支払いが発生した際に処理をしたり、試用期間にわたり費用を計上したりするなど、「発生主義」に則った処理が行われてきた。しかし、IFRSでは資産の解体、撤退、賃貸契約などで発生する原状回復費用など費用は、資産の取得の際に認識すべきという立場を取っている。費用ではなく負債として認識する点は資産・負債アプローチを採用しているIFRSならではであり、資産の取得に関してはより保守的な処理を求めている。
昨今、温暖化、環境汚染など世界的に問題視されている課題にも、企業は自発的に取組む義務がある。その傾向の中で、アスベスト除去、土壌汚染防止などに関連した法律の整備が進み、会計もそれらの法律に従う必要性が出てきた。アスベスト除去、汚染土壌の処理かかるコストがIFRSでは資産除去債務に含まれていることにより、企業には不動産等を取得した事による環境的な影響も考慮する必要性が生まれる。その点を踏まえると、グリーンビルディングなど環境に配慮した資産の取得は会計的な観点からも極めて合理的であると言えるのではないだろうか。
将来に発生する資産除去債務の取得時点での認識(オンバランス化)は企業にとって多額の負債を計上する義務が発生することを意味する。よって、取得価額には資産除去債務も含まれるという感覚に近いものになり、資産除去債務を考慮することは不動産を取得において1つの重要なプロセスになる。
(3)新リース会計
IFRSでは資産・負債アプローチにより「オンバランス」が重要なキーワードとなっている。その中で、日本の会計基準がIFRSに近づくにつれて、もうひとつオンバランスされるものがある。それはリース資産である。リース会計には、リース資産の所有権が移転した場合と、それ以外の場合で会計処理が異なる。前者をファイナンスリース、後者をオペレーティングリースと呼ぶ。リース資産を自らの資金で購入し、リース期間中解約する事が出来ない場合はファイナンスリースとなり、リース資産及びリース負債の計上が強制されている。その一方で、オペレーティングリースは費用を損益計算書上で認識され、バランスシート上資産、負債を計上する必要はない。
リース会計では上述のファイナンス、オペレーティングの区別は複雑で明瞭ではない。例えば、オペレーティングリースでも途中解約不可の場合があるなど、定義は極めて曖昧なのである。IFRSはこれを問題視し、基本的にリース資産に関してはその種類を問わず、資産・負債計上が強制されることになる。つまり従来、オペレーティング資産として処理していたものを、資産・負債認識することでバランスシートはより膨らむことになる。それにより、オフィスの賃借が資産・負債計上されるなど、リース資産における会計規則の変更が与える影響は非常に大きいといえる。加えて、資産効率性などの投資家が経営状況を判断する指標にも影響が出てくることが予想され、今後はリース資産に対してもCRE戦略が大きく関わることになるであろう。また、元来日本では借りる事よりも保有する事の方が好まれ、企業がオペレーティングリース資産を保有するメリットを享受出来なくなる会計基準下では一層、不動産を含む資産の保有が増えることが予想される。
[4]企業経営を判断する指標 (ROA,ROE)
IFRSでは資産・負債アプローチにより、バランスシートを主体とした会計処理を求めている。企業はバランスシート上の資産・負債を最適化させる事に軸を置き、投資家は経営状況を判断する上で、売上、費用などの損益分析以上にバランスシートを重要視するようになるだろう。ROA(総資本利益率)、ROE(自己資本利益率)などは管理会計、企業会計どちらの観点からも重要な指標になる。どちらも分子は利益という損益計算書の数字ではあるが、分母はバランスシートの数字であり、これらの指標からは「どれだけ効率的に収益を上げているのか」が把握することが出来る。企業にとっては売上、利益の管理が重要であることに変わりはないが、それに加えてバランスシート管理もより重要になってくる。
[5]IFRSとCRE戦略の重要性
投資不動産の時価開示により、含み損益がバランスシートに与える影響が全て情報として利害関係者に伝わる事で、投資不動産保有の意義を改めて問われることになる。企業自身も今まで忘れていた投資不動産の収益性や稼働率を知ることになり、経営戦略面でも過去に類をみない程に注目をされるだろう。投資不動産として計上されているものには、遊休不動産など活用されていない不動産も含まれる。遊休不動産を含む投資不動産を、収益性・稼働率を考慮の上、不必要な不動産に関しては売却、活用し価値向上が見込める不動産に関しては保有するという決断を迫られることになる。活用する上では賃料を見直すことでキャッシュフローを増やし、設備を改善し、市場からの需要を引き上げるなどの投資をする事で、その価値を上げる事が可能である。
資産除去債務の計上により、企業は目先のメリットだけではなく、不動産を壊し更地にするまでのコストも考慮の上不動産を取得することになる。また、リース資産をバランスシートに計上することにより、今後不動産を賃借するのか、それとも保有するのかという議論の場を持つ事になる。保有すること、賃借にすることそれぞれのメリット、デメリットは日本基準、IFRSでは大きく異なり、企業によっても異なることから議論の余地は大いにある。
IFRSで企業の運営状況を把握する上で注目されるのは、利益率以上にROA、ROEといったバランスシートを鑑みた指標である。「成長」を軸として、企業は今まで損益計算書を中心とした企業運営をしてきた。IFRS適用は、その軸を見直すチャンスであり、バランスシートを主体とした会計処理を行うことで成熟化した日本市場を生き抜く「安定」した企業作りを目指すべきである。その過程の中で、CRE戦略は重要な役割を持つものであり、IFRSの強制適用を前に企業は今直ぐにでも取組むべきである。