企業価値を最大化するためのCRE戦略(企業不動産戦略)

企業の不動産戦略(CRE戦略)
を振り返る

2015.8.8

企業不動産(CRE)に対する関心が高まりつつあります。十数年前もCREが注目されましたが、当時は、企業業績が悪化する中、「オフバランス」や「持たざる経営」といった意味で、ノンコア資産の売却や、リストラなどが盛んに行われていた時期でした。

そして、再び「CRE戦略」が脚光を浴び始めていますが、その違いについて、過去を振り返り、時代背景と同時に、CRE(企業不動産)についてどのような企業戦略が取られてきたかを見直してみましょう。

企業の不動産戦略(CRE戦略)
を振り返る

バブルの終焉、土地神話の崩壊とデフレ不況の始まり

1980年代後半に発生したバブルは、投機的な土地売買の増加と加熱した過剰流動性(金融緩和により、資金需要を大幅に上回って貨幣が供給されている状態)により、急激な土地売却価格の上昇をもたらしました。

もともとは東京が国際都市となり、オフィス・事務所が足りなくなるのではという、ひとつの推測が発端でした。そして、その急激な不動産価格高騰の広がりの根底には、古くから日本に根付いてきた「土地神話」がありました。

不動産の価格は、必ず値上がりする。

限られた資産である不動産(特に土地)に対して過度の値上がり期待を抱き、それを不動産融資が後押ししたことによって、この「連鎖的な資産価格高騰」は引き起こされたのです。このように、実際の価値以上に資産価格が高騰し継続的な投機が行われていく経済状態のことを、「バブル経済」と呼びます。

その後、金融機関に対する総量規制など、数々の地価高騰抑制策により、ついに1991年、バブルが崩壊。以降、日本経済は長期のデフレ不況に突入していくこととなります。

不良債権の発生とオフバランスによる「不動産価格の下落」

バブル崩壊後の経済の停滞による、企業の業績低迷と担保である不動産価格の下落は、金融機関の貸付債券の回収可能性に大きく影響を及ぼしました。そうして引き起こされた長引く不況と資産デフレにより、不良債権が膨れ上がり、破綻した金融機関や倒産した企業も多くありました。

当時の日本企業は「3つの過剰(雇用・設備・債務)」に直面していたと言われています。そんな中で採られたCRE戦略として、所有不動産の「オフバランス」があります。3つの過剰のうちのひとつである「債務の過剰」を解消すべく、資産売却して有利子負債の返済や事業資金の確保を行う、「オフバランス」が注目されたのです。

上場企業にインパクトを与えた「減損会計の導入」

ちなみに、「減損会計の導入」も、企業のCRE戦略に影響を与えました。減損会計とは、企業が所有する固定資産(土地、工場などの不動産)の潜在的な価値・収益性が低下して、帳簿価格(簿価)を著しく下回った場合に、価値の低下に伴って将来発生が予想される損失(減損損失)を不動産鑑定士の評価に基づき、前倒しして財務諸表に反映させる会計処理のこと。企業情報の透明化を図るために、2006年3月期から、すべての上場企業に導入されました。

この減損会計の導入は不動産価値の下落によって生じた含み損を「損失」として計上するため、不動産を価格の高い時期(バブル期など)に取得していた上場企業にとっては、投資家や株主などから大きなマイナス評価を受けることに繋がるものでした。

ちなみに、中小企業経営においては、手続上の負担が過大になることや、一般投資家からの資金調達がなくユーザ―からのニーズも乏しいことなどの理由から、減損会計は義務とする必要はないとされています。

バブル崩壊後、クローズアップされる「オフバランス」「持たざる経営」

このように、企業が固定資産を売却(オフバランス)し、できるだけ資産を持たないで経営することを「持たざる経営」、あるいは「キャッシュフロー経営」といいます。バブル崩壊を経て、「オフバランス」や「持たざる経営」が大きく取りざたされて、理想のCRE戦略(企業不動産戦略)のように捉えられていたため、猫も杓子もオフバランスしたと思われがちですが、現実は決してそうではありませんでした。

企業不動産のオフバランスにおける主な対象は、「遊休資産」

企業不動産にとって、本社や支社、営業所などは、「事業に直接供されているコアの不動産」であり、売却してもそれほど影響がないのは、「間接的に供されている不動産」や「遊休資産」です。

例えば、日本企業は自社で社宅や従業員宿舎を数多く保有していました。これは、欧米企業には見られず、日本企業独特のことであるようです。しかし、社宅や従業員宿舎の所有から、借り上げ住宅制度・家賃補助へと移行していきました。

また、グラウンドなどの運動施設や保養施設、さらには病院などを独自に保有する傾向もありました。社員の健康増強や福利厚生などを目的にしていたと思われますが、その利用頻度は低く、維持管理費に相当のお金を要するなど、これらの企業不動産はオフバランスの恰好の標的になりました。

企業の持つ社宅やグラウンドは、通常、まとまった規模で、立地条件も良かったことから、マンション開発用地としてマンションデベロッパーによって購入され、現在は、その多くが分譲マンションへと姿を変えています。

オフバランスの主目的とは何か

それでは、本店、支店、事業所などの「事業の用に直接利用されている不動産」に対するオフバランスの動きはどうだったのでしょうか。確かに、本社などを売却した事例はあります。しかし、企業にとってみればシンボル・本丸である「本社」を売り渡すということは、そこには、やはり何らかの抜き差しならない事情があったと考えるのが妥当です。

国土交通省のアンケート調査によれば、企業の不動産売却理由は、以下のようになっています(2006年まで)。

第1位:「事業の債務返済」
第2位:「事業の資金調達や決算対策」
以下、「土地保有コスト低減」「事業の縮小・撤退」と続く

その後の白書では、順位は若干入れ替わりますが、オフバランスの主目的は、「有利子負債の返済」や「事業資金確保」のためであったことがわかります。

最近の傾向(1)有利子負債の減少と、企業の内部留保の増加

また、譲渡損の発生割合は、2000年は−16%でしたが、2003年には−52%にも達しており、当時、出血覚悟で不動産売却を進めていたことがわかります。データから見れば、本社ビルを売却するなど「事業の用に直接利用されているCRE」までもオフバランスする企業は、有利子負債が相当程度あったり、競争で劣位にあってキャッシュフローが減少してきていたり、あるいは、決済に事業資金が必要であったり、といったふうに、「CREをオフバランスして、キャッシュに換える」という、何らかの止むを得ない理由があったことがあったことがうかがえます。

前述の通り、オフバランスの主目的は、「有利子負債の返済」や「事業資金の確保」だったわけですが、2002年以降、有利子負債も徐々に減少してきており、
加えて、企業の内部留保も増加してきています。

最近の傾向(2)リースバックの減少

企業にとって、社宅やグラウンドなどを売却しても事業に直接的な影響は少ないのですが、本社や営業所などのコア資産となれば、話はまったく異なります。企業の本丸である本社、事業拠点である営業所は、企業が将来にわたって事業を存続するために不可欠なCREです。

したがって、企業にとっては、これからも使う必要がある営業所・本社を売却することは、決して本意ではないでしょう。そこで企業は、引き続き同じ不動産を使用するために、いったん資産売却をした上で、それを賃借し直す、といった方法を採用していきます。それを、「セールス・アンド・リースバック(あるいは単にリースバック)」といいます。

企業は、この方式で今までと同じように不動産を使うことができますが、以前と異なるのは、不動産の所有者から賃借人となったために、以後、新しい所有者や不動産管理会社に、賃料を支払い続けなければならなくなる、という点です。

それでは、主に誰が、このような資産を企業から買い取り、新しい所有者になったのでしょうか。その答えは、「J-REIT」や「私募ファンド」です。日本では、不動産市場の動向も回復し、過去十数年で「不動産証券化市場」が形成され、拡大していきましたが、このようなリースバック案件も「SPC(特別目的会社)」を通じた不動産証券化の枠組みの中で拡大していきました。

しかし、リーマンショック後には、以下の要因により、リースバックの件数は大幅に減少しています。

  • (1)企業の財務体力も回復しつつあること
  • (2)会計上、オフバランスの要件も厳しくなったこと(IFRSの設定、など)
  • (3)不動産マーケットが低迷し、売却して得られる金額が減少したこと
  • (4)買主側である「J-REIT」や「私募ファンド」の購入意欲が低下したこと
  • (5)金融機関のファンド向け融資が厳しくなっていたこと

「コア」資産の所有状況は変わらず

2011年と1999年の「業種別の本所・本社・本店の敷地所有状況(単独所有)」のデータを見てみると、金融業や保険業、運輸業、通信業を除き、ほとんどの業種において、企業の「コア資産」の所有状況には、さしたる変化は見られませんでした。

これはつまり、オフバランスの必要性が大々的に謳われた後でも、「コア資産」を売却せずに保有し続けた企業がほとんどだった、ということを意味します。このことからも、繰り返しになりますが、かつてのオフバランスの影響は、ノンコア資産・遊休資産などに対する、ごく限定的なものであったことがわかるのです。

米国型の「持たざる経営」と、日本企業の伝統的な「持つ経営」

バブル崩壊後、新しい企業不動産(CRE)戦略として取りざたされた「オフバランス」ですが、先述したように、これはアメリカ型の企業経営の考え方に則ったものでした。米国流の考え方というのは、いわゆる「ミクロ資本主義」「株主資本主義」によるものです。

この考え方では、「企業とは利益を追求する“箱”であり、その利益は、第一に株主に還元すべき」とされます。そして、「ROE(株主資本利益率=当期純利益÷株主資本)」が重視されます。ROEとは、簡単に言うと、企業の収益性を測る指標のことです。「1株あたりの株主資本(BPS)」をいかに効率よく活用して、「1株あたりの利益(EPS)」を最大化するか。ROEをベースに据えると、企業経営の安定性や中長期的な成長よりも、短期的な利益追求に主眼が置かれやすくなります。

また、アメリカでは内部収益率などの金融の尺度で企業を見る傾向があり、本来の意味での中長期的な安定性や成長性はおざなりにされているようです。米国ハーバード大学ビジネススクールのクレイトン・クリステンセン教授も、この点を指摘しています。また、大手企業のグローバル事業展開や投資マネーの国境を越えた諸取引も、このような米国流の経営思想が普及していったひとつの要因になっていると思われます。

一方で、日本、欧州大陸、アジアでは、伝統的に「マクロ資本主義」に基づく企業経営が範とされています。つまり、会社は、株主だけではなく、従業員、顧客、仕入先、さらには、地域社会なども含めた、無数の「利害関係者(ステークホルダー)」によって成り立つ大きな「利益共同体」である、という考え方です。そのため、「マクロ資本主義」においては、企業は一時の高いROEを求めるのではなく、長いスパンにわたる安定的で持続性(サステナビリティー)のある企業経営が期待されます。

バブル崩壊以前の日本企業では、自ら不動産を持ちそれを使うという、伝統的なCRE戦略、「持つ経営」を行っていました。今でも、日本の上場企業の不動産保有比率は75%程度あり、資本金や従業員の数が大きくなればなるほど、その比率は高くなっていく傾向があります。

「持たざる経営」から「持つ経営」へ―、そこからさらに、「どう持つか」をクリエイトする、CRE戦略新時代

今まで、CRE戦略というと、ノンコア資産の売却という「オフバランス」「持たざる経営」の文脈で語られることが多かったのですが、現在では、「持つ経営」による安定的な不動産収入をもって、企業が存続できているケースも見られるようになってきています。

そんな中、特筆すべきトレンドは、一般事業会社の不動産投資に対する意欲の高まりと、投資ニーズの多様化です。

以前は、バランスシートなどの紙面だけを見て、どの不動産を売却すべきか、などと検討されるばかりでしたが、今のCRE戦略では、企業ごとの業種・業態、そして不動産がある立地環境など、より個別的な事情を加味して議論がなされるようになってきています。

企業不動産(CRE)を、収益を期するための単なる土地や箱モノではなく、もっと多角的な面から企業に資する財産であると捉え直し、例えば、社宅はただの福利厚生施設の枠を越えて、従業員の人間形成の場・結束力を高める場として大切に整備されるなど、「どう持つか」に主眼が置かれた、新しいCRE戦略が採られている例もあるのです。

このように、自社ビル購入や売却だけでなく、すでに保有している不動産のバリューアップ、不動産再生に関するニーズも、一般事業法人の間では多くなってきています。

そうした中、一般事業法人は、より効率的なCREの活用に対する知見や専門的なサポートを必要とし、CRE事業を行う不動産会社とのアライアンス・パートナーシップを求めるようになってきています。実際に、佐川急便グループの「SGホールディングス」は、不動産総合マネジメントサービスグループ「ザイマックス」と連携して、物流施設に特化した私募REITを立ち上げ、保有倉庫の流動化に着手しています。

こういった、一般事業法人と、CRE戦略立案、CRE物件情報整理やCREマネジメントのノウハウを有する不動産会社との恊働の歩みは、今、産声を上げたばかりです。これから、このような異業種間の連携が、CRE戦略の新時代を切り開いていくのかもしれません。

このページで登場する「CRE」用語

バブル崩壊
1980年代後半に起こった不動産や株価の高騰などによる「バブル景気」が、90年代に入って一気に崩壊した現象。以降、日本経済は後退し、「失われた10年」と呼ばれる景気低迷の時代に入る。
オフバランス
企業が保有する不動産などの資産を売却などによって、「バランスシート(賃借対照表)」から外すこと、また、その取引を指す。反対に、計上するものは、「オンバランス」という。
ノンコア資産
コア資産事業の用に直接利用されている本社や支店のような、「コア資産」以外の不動産。
持たざる経営
オフィス(事務所)、工場などの固定資産をできるだけ所有しない経営手法のこと。資産を持たないことにより、これに伴う負債・コストを少なくし、必要な経費の最小化の実現を目指す経営。
キャッシュフロー経営
損益管理ではなく、キャッシュフロー(現金の流れ)を重視した経営管理のこと。キャッシュフローとは、収入から営業や投資などによる支出を差し引いて残った、実際の現金の流れのことを指す。
遊休資産
企業が保有する資産のうち、事業使用目的で取得したものの、何らかの事情によりその使用・稼働が休止されている資産のこと。
有利子負債
企業が負っている負債のうち、利子をつけて返済しなければならない負債の総計をいう。これには、金融機関からの借入金、社債、転換社債(転換社債型新株予約権付社債)、コマーシャルペーパー(無担保の割引約束手形)などが含まれる。
内部留保
企業が経済活動を通じて得た利益のうち、企業内部へ保留され、蓄積されたもの。社内留保、社内分配とも。純利益から配当金や役員賞与金などの社外流用分を差し引いた、利益剰余金のことを指す。
リースバック
保有する資産をいったん売却し、その後、直ちに同一資産を借り受ける方式のこと。
SPC(特別目的会社)
「Special Purpose Company」の略で、資産の流動化や証券化などを目的に設立されるペーパーカンパニーのこと。資産をオリジネーター(流動化される資産を保有していた企業のこと)から切り離すことにより、その資産を活用して、資金調達ができる。
リーマンショック
2008年に起こった米国の大手投資銀行「リーマン・ブラザーズ」の破綻と、それをきっかけに発生した世界的金融危機のこと。日本でも平均株価が大暴落するなど、長引く景気低迷に追い打ちをかけた。
ROE
ROEは「Return On Equity」の略で、「株主資本利益率」のこと。株主資本(株主による資金=自己資金)を元手として、企業がどれだけの利益を上げたか、収益性を測る指標のひとつ。

お持ちの不動産についてのご相談はこちら