東日本大震災で問われた損害賠償の課題
企業の「管理責任」を考える

危機管理経営アナリスト 金重凱之 氏 株式会社国際危機管理機構、株式会社都市開発安全機構の代表取締役社長。
1969年警察庁に入る。内閣総理大臣秘書官、警察庁警備局長などを経て、2001年に退官。
上場企業を含む数百社で危機管理経営コンサルティングの実績がある。

4月1日、「東京都帰宅困難者対策条例」が施行されます。具体的にどのような条例で、企業としてどのように考え、取り組まなければいけないのか。東日本大震災後には安全対策を怠ったとして、企業への損害賠償請求が起きています。企業としてどう備えるべきか、日本の危機管理の第一人者でもある金重氏にポイントを語っていただきました。

「東京都帰宅困難者対策条例」とは?

「東京都帰宅困難者対策条例」制定の背景

「東京都帰宅困難者対策条例」は、今後30年以内に70%という確率で発生すると言われている首都直下地震に備え、また東日本大震災での混乱を受け制定されました。
大規模な災害などが発生した際、企業責任として、従業員・その家族の命を守ることが第一です。それは社会的にも、法律的にも必須となります。今回制定された「東京都帰宅困難者対策条例」も、人命を守るための条例です。

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みなさん、東日本大震災時に大変な思いをされたことと思いますが、多くの人が夜中には帰宅することができたのではないでしょうか。しかし、首都直下地震では震源地が首都圏になるため、被害は比べ物になりません。帰宅することは難しいでしょう。
東日本大震災時には約40%の企業が従業員に対して帰宅命令を出し、約515万人が帰宅困難者になりました。首都直下地震が発生した場合、最大650万人が帰宅困難者になることが予想されています。

帰宅困難者が溢れ返るとどうなるのでしょうか。朝の通勤ラッシュ時のホームのように道路に人が溢れ、警察・消防・自衛隊などが災害現場での救助活動や消火活動を行うことができなくなります。
また、建物が密集する場所では倒壊家屋の瓦礫やガラスなどが往来に散乱した状況となります。人々が一斉に帰宅しようとすると、これらによる大怪我や重大事故など二次災害に巻き込まれてしまう可能性があります。

主な内容

それでは、条例には、具体的にどのような内容が盛り込まれたのでしょうか。

  • 従業員の一斉帰宅の抑制

    従業員が事務所内に留まれるよう、3日分の水や食料などの備蓄。
    外部の帰宅困難者のために10%余分に備蓄を推奨。

  • 従業員や従業員と家族との安否確認手段の確保

    事業者は従業員との安否確認手段の確保だけでなく、従業員に対して家族等との安否確認手段を確保することの周知に努めなければなりません。しかし、後者に対する意識は残念ながら高くありません。

大地震が発生すれば物流インフラは壊滅的な状況になりますし、混乱した状況では配給ができるまでに数日かかるでしょう。混乱がある程度落ち着くまで従業員を帰宅させず、事務所内に3日間は留められるように準備をすることが求められています。加えて、来客者など社外の帰宅困難者のために10%余分に備蓄をすることが推奨されています。

帰宅理由の多くが、子どもや高齢者など、家族の安否を確認するためです。従業員が安心して事務所内に留まれるよう、家族との連絡手段(災害用伝言ダイヤル(171)や災害伝言板など複数の手段を使うことが望ましい)を決めたり、家族の合流場所を決めておくなど、事前にそれぞれの家族で地震発生時の行動について話し合うことを従業員に周知する必要があります。
同時に、子どもの通う保育園、幼稚園、学校や介護施設における耐震性や津波被害の可能性を確認し、万一の場合の避難誘導方法や避難先の確認などに努めておかなければなりません。要するに、不安材料をとり除くことが帰宅困難者を会社に留めるための最大要因だということです。

首都直下地震が発生したら・・・そのときにすべきこと

首都直下地震が発生した場合、東日本大震災以上の被害となるでしょう。東京都では最大震度7が予想されています。震度7の揺れが発生した場合、どのような被害が想定されるのでしょうか。
この震度では、すべての交通機関が麻痺し、大規模停電や建物の倒壊も発生、環状7号、8号の沿線では大規模火災が起こり数日間は燃え続ける可能性があります。また幹線道路以外は建物の倒壊により通行できず、隅田川、荒川、江戸川の橋は崩落、もしくは安全点検のために数日間封鎖されるでしょう。

通常、人が歩く距離は4~5km/1時間ですが、地震発生後は最大で1時間に2km、通勤ラッシュ時のような状態ですと1時間に1kmしか進めないため、10kmを超える距離だと帰宅は実質不可能になります。警察・消防・自衛隊などの人命救助活動を妨害しないためにも、無理に帰ろうとせず、まずは自分自身の身を守ることを優先させるべきです。

【事前にチェックしておくべきことは?】

  1. 家族がいる自宅・学校・介護施設などの耐震構造化ができているかどうか
  2. こうした施設が津波被害にあう恐れのあるエリアかどうか
  3. 勤務先から自宅までの距離と時間を把握しているか

事業者に課せられた義務と訴訟事例

東京都帰宅困難者対策条例が制定される以前の2008年3月に、労働契約法が施行され、従業員に対する安全配慮義務が定められました(同法第5条)。これにより、事業者(使用者)は従業員の生命・身体の安全を確保しつつ働けるよう配慮しなければなりません。
1,000年に一度と言われた未曾有の大震災でさえ、備えや対応ができていなかったといって訴えられているケースもあるのです。「さすがにそこまで大きな災害は想定していなかった」ではすまされない─これが管理者として求められる責任なのです。東日本大震災では、この法令に違反しているということで以下のような訴訟が起きています。

東日本大震災による訴訟
  • Case1:大手コンビニ

    地震発生時、避難が遅れアルバイト店員1名死亡。
    緊急時の対処方法や連絡先の確保をしていなかっただけでなく、災害時の避難を指導・教育していなかったことが原因。
    遺族が約7,000万円の損害賠償を請求して提訴中。

  • Case2:地方銀行

    地震発生時に支店責任者の避難指示ミスにより、従業員3名が津波に巻き込まれ死亡。
    遺族が約2億3,000万円の損害賠償を請求して提訴中。

  • Case3:自動車学校

    避難警報が出ていたが、教習生を50分間送迎バスに退避させ、津波に飲み込まれ23名が死亡したほか、路上教習先から自動車学校に戻されて帰宅途中の2名も死亡。
    遺族が約19億円の損害賠償を請求して提訴中。

  • Case4:老人ホーム

    施設が耐震基準を満たさず、避難計画や訓練も不十分であったとして職員2名の遺族が1億4300万円の損害賠償を請求して提訴中。

「東京都帰宅困難者対策条例」は、努力義務とされていますが、重大死亡事故発生時には「安全対策を怠った」などとして労働契約法の安全配慮義務違反で企業の使用者責任が問われる可能性があります。来るべき首都直下地震に備え、今一度、自社の災害対策を見直してみてはいかがでしょうか。